大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)4258号 判決 1960年9月28日
主文
原告等の第一次請求を棄却する。
原告等三名と被告間の大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二六号家屋明渡事件の和解調書につき昭和三二年九月二四日同裁判所書記官の付与した執行力ある正本に基く別紙目録記載の家屋に対する明渡の強制執行はこれを許さない。
訴訟費用は被告の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和三二年九月二七日なした強制執行停止決定はこれを認可する。
この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は、第一次請求として、「被告より原告等に対する大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二六号家屋明渡事件の和解調書に基く別紙目録記載の家屋に対する明渡の強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする、」との判決、予備的請求として、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
「昭和三二年七月一二日大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二六号家屋明渡事件において原告等と被告との間に裁判上の和解が成立した。そしてその和解調書には、
(一) 被告は原告初村賀代子、同初村尤而に対し別紙目録記載の家屋を賃貸借の期間を定めず、賃料は昭和三二年七月一日より同年一二月三一日までは一ケ月金二、八〇〇円、同三三年一月一日からは一ケ月金三、五〇〇円と定め、いずれも被告方に持参支払の定めにて、引続き賃貸すること。
(二) 被告は原告初村賀代子(当時未成年)同尤而両名の後見人たる原告浅野千秋が右家屋に同居することを承認する。原告初村両名が成年に達した時も同様とする。
(三) 原告浅野は原告初村両名の(一)の家賃の支払につき連帯保証の責に任ずる。
(四) 原告初村賀代子同尤而において将来(一)の約定家賃の支払を引続き二回以上怠つた時は、被告から催告を要せず(一)の家屋の賃貸借を解除し原告等三名に対し直ちに右家屋の明渡請求のため強制執行を受けても、原告初村賀代子同尤而等は異議を主張しない。
旨の記載が存するところ、被告は、原告初村両名が昭和三二年七、八月分の家賃を延滞したため、右の賃貸借は解除せられたとして、昭和三二年九月二四日前記和解調書に執行文の付与を受けた。しかしながら原告初村両名は次に述べるように右七、八月分の家賃金を適法に弁済のため提供したにも拘らず、被告はその受領を拒否しているのであつて、原告初村両名には遅滞の責は存しない。即ち
(一)昭和三三年八月末頃原告初村賀代子は同年七、八月分の家賃合計五、六〇〇円を原告等の住所に近接する東淀川区十三西之町五八番地細川潔(被告の娘婿)方にある被告の出張店へ持参し現実に提供したが、留守居の女中は被告が不在だとの理由にて受領せず、
(二)同原告はその後同年九月初頃より同月中頃まで約七回に亘り右細川潔方に同年七、八、九月分の家賃合計八、四〇〇円を持参したが、何時も女中が前様の理由で受領しない。
(三)同原告は同年九月一七、八日頃被告の肩書住所に前同様家賃金三ケ月分を持参して弁済のため提供したが、被告は既に二ケ月を経過して賃貸借は解除せられていると称して受領しない。
(四)原告浅野は同年九月一八、九日頃前記細川潔方及び被告の肩書住所に右三ケ月分の家賃金を持参し、受領するよう懇請したが、被告は前同様の理由により受領しない。
しかして右和解条項中の「被告方へ持参支払」とは、被告の住所のみならず、右の細川潔方への持参支払をも含むことは和解成立の際に原、被告間に諒解せられていたのであるから、原告等の弁済の提供は債務の本旨に従つてなされたものである。従つて原告初村両名は和解調書に定める「家賃の支払を引続き二回以上怠つた」ことはないのであるから、その遅滞を理由とする昭和三二年九月二一日付催告書による被告の賃貸借解除の意思表示は何等の効力を生じない。
仮に原告等の弁済の提供が債務の本旨に従わない不適法なものであつたとしても、和解成立後間もなく、和解調書の送達も延引していた時期における履行であり、右のような情況のもとに僅少の時期を失したとしても、原告等は誠意を以て受領するよう懇請に懇請を重ねたのであるから、これを敢て拒否するが如きはまさに家主として涙なき行動であつて、被告の本件賃貸借の解除は権利の濫用であるか、又は信義誠実の原則に反し無効である。
以上の次第で原告等には家屋明渡の義務のないこと明らかであるから、右和解調書の家屋明渡部分につき執行力の排除を求める。なお本件和解調書の制裁条項はいわゆる失権約款であるから、これに関しては民事訴訟法第五一八条第二項の適用なく、かつ失権事由の存否に関する事実は実体的事由に関するものであつて形式的要件に関するものでないこともちろんであるから、請求に関する異議を主張するものである。
仮に原告等主張の異議が請求異議の訴によるべきものでないとしても、本件執行文付与の前提条件に対する異議事由に該ること明らかであるから、予備的に執行文の付与に対する異議を主張し前記執行文に基く別紙目録記載の家屋に対する明渡の強制執行の不許を求める。」
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の日時原告主張通りの裁判上の和解が成立し、和解調書に原告主張のような記載のあることは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。原告初村両名は昭和三二年七、八月分の賃料を引続き二回怠つたので賃貸借は同年八月三一日限り当然解除となり、原告等は家屋明渡の義務を負うものである。同年九月一九日及び同月二〇日に原告等の使者が、同月二二日原告浅野千秋が賃料支払のため被告宅に来たが既に明渡義務発生後であるのでその受領を拒絶した」と述べた。
証拠(省略)
理由
先ず原告等の第一次請求について検討する。原告等の第一次請求は、昭和三二年七月一二日成立した大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二六号家屋明渡事件の和解調書の「原告初村両名において将来約定家賃の支払を引続き二回以上怠つた時は、被告から催告を要せず家屋の賃貸借を解除し原告等三名に対し直ちに右家屋の明渡請求のため強制執行を受けても原告初村両名は異議を主張しないこと」と定める条項につき、家賃金の支払を引続き二回以上遅滞した事実のないことを原因として、請求に関する異議を主張し右和解調書の家屋明渡部分につき執行力の排除を求めるものであるところ、請求に関する異議は債務名義に記載せられた請求権の消滅、不発生、主体の変動等を理由として債務名義そのものの執行力の排除を目的とするものであるから、原告等の右請求のように、債務名義そのものの執行力にはなんら触れるところなく、たゞ執行文付与の際存在すべき実体的条件たる条件の不成就を主張して個々の執行力ある正本の執行力の排除を目的とするにすぎない場合は民事訴訟法第五二二条の執行文付与に対する異議又は第五四六条の執行文付与に対する異議の訴によるべく、請求に関する異議の訴の目的となしえないものである。よつて原告等の第一次請求はこの点において既に失当であるから、爾余の点についての判断をなすまでもなく、これを棄却すべきものとする。
次に原告等の予備的請求について判断する。原告主張の日時大阪地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一二六号家屋明渡事件において原告等と被告との間に裁判上の和解が成立し、その和解調書に原告等主張のとおりの記載の存することは当事者間に争なく、被告が昭和三二年九月二四日原告初村両名の昭和三二年七月一日以降の賃料の不払を理由として、原告等三名に対し右和解調書につき執行文の付与を受けたことは成立に争ない甲第四号証の一乃至三第七号証の八によつて明らかである。被告は、原告初村両名が昭和三二年七、八月分の賃料の支払を引続き二回怠つたので、本件家屋の賃貸借は当然解除となり原告等は家屋明渡の義務を負うものであると主張するところ、前記和解条項は「原告初村両名が約定家賃の支払を引続き二回以上怠つた時は被告から催告を要せず、家屋の賃貸借を解除し、原告等三名に対し家屋明渡請求のため強制執行を受けても原告初村両名は異議を主張しない。」と定めているのであるから、その文言から看て、被告主張のように、原告初村両名が約定家賃の支払を引続き二回以上怠つたときは、何等の意思表示を要せず、当然家屋の賃貸借が解除せらるるのではなくて、被告は延滞賃料の支払の催告をしないで賃貸借解除の意思表示を有効になしうることを定めたにすぎないことが明らかである。しかして被告より原告等に対し同年九月二一日付書面をもつて本件賃貸借解除の意思表示のあつたことは原告等の認めるところである。そこで原告初村両名に昭和三二年七、八月分の家賃の延滞があつたかどうかについて考えて見る。証人大井亨、同高島菊子の各証言ならびに原告初村賀代子、同浅野千秋の各本人尋問(いずれも第一、二回)の結果を総合すると、原告初村賀代子は昭和三二年八月三一日東淀川区十三西之町五丁目八番地細川潔(被告の娘婿)方に同年七、八月分の家賃を持参して同家使用人佐伯栄子に提供したが、被告不在の理由にて受領せられなかつたので、九月初頃数回同所に右家賃金を持参して提供したが何時も前同様の理由にて受領せられなかつたこと、その後九月一八、九日頃同原告は被告肩書住所に右家賃金を持参して提供し、原告浅野千秋もその翌日頃前記細川潔方及び被告肩書住所に右家賃金を持参して提供したが、既に二ケ月を経過し賃貸借は解除せられたとの理由により受領を拒絶せられ(原告賀代子及び浅野がその頃賃料の提供をしたが右理由により受領を拒絶したことは被告の認めるところである。)その後前認定の被告より賃貸借解除の意思表示がなされたこと、及び本件裁判上の和解の成立の際、家賃を「被告方に持参支払う」旨の約定のうちには被告の住所の外右細川潔方への持参支払をも含む趣旨であることについての諒解が原、被告間に存したこと、を認めることができ、右認定に反する証人佐伯栄子、細川潔の各証言は前顕各証拠と対照してたやすく信用することができない。そうすると原告初村両名には本件和解調書に定むる「引続き二回以上の約定家賃の支払を怠つた」ことはないわけであるから、その遅滞を理由になした前認定の被告の賃貸借解除の意思表示は無効である。従つて右賃貸借が解除せられ、原告等三名は本件和解調書による家屋明渡義務ありとしてなされた執行文の付与は違法であつて、その執行文に基く別紙目録記載の家屋に対する明渡の強制執行の不許を求める原告等の予備的請求は正当である。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言につき同法第五四八条を適用して主文のとおり判決する。
目録
大阪市東淀川区十三西之町五丁目八番地上
木造瓦葺二階建西向四戸建一棟の内北端より二軒目の家屋